バーテンというと落ち着いた感じで喋り淡々とお酒を作るというイメージだったが、相馬のバーテンは一味も二味も違っていた。
相馬駅近くにお店を構える『101』はコンクリート造りで入り口は2重扉となっており、高級クラブを連想させる。地方でボッったくられるのも嫌だったが、僕は勢いでドアを開けた。こじんまりとした町のバーを想像していたが、まったくの真逆。ゆったりとした店内にダーツとビリヤードが併設され、天井は高く雰囲気がとても良い。
時間が早いせいもあって人はまばらだったが、お話を伺うには絶好のタイミング。早速バーテンの方に声をかけた。その人は山岡道治さん。このお店でバーテンとして12年以上働き、5年ほど前からは店長としてお店を任されている。
僕は飲み屋と言うとチェーン店か赤提灯が主であまりバーに足を運ばないのだけれど、この人のスタイルは独特だと感じた。カウンター越しにトークをするのはバーテンとして当たり前なのだが、トークがユニークなのだ。
お客さんの話を聞くモードもあるが、だんだんエンジンがかかってくると自分でボケて勝手に盛り上がる。若いお姉さんがくるとイジって楽しむ。そして馴染みのお客さんが団体で来ると、仕事場からいつの間にやら離れ山岡さんまでパーティールームに消えてしまう。山岡さんが不在の間もオーダーは入るわけで、他のスタッフの方がマニュアルを見てお酒を作っている。それを見ていて、僕は思わずクスクス笑ってしまったものだ。このスタイルが相馬で主流だとは思えず山岡さんのオリジナルなのだろうが、不思議と店は夜になるほどお客さんで賑わい、山岡さん目当てにくる若い子も多い。
お酒を作るときは一変、阿修羅の如く手で次々とお酒を注ぎ、その速さ、丁寧さ、味は申し分がない。もちろんこの時でさえ口は動いているのだけれど。
山岡さんのお母さんは美容師さんで、その姿を見て育った山岡さんは美容師になりたいと思っていたという。しかし酒好きな山岡さんは、気づけばバーテンになっていた。山岡さん曰く、バーテンは『天職』。その心は単純明快で、「酒も呑めるし商売もできるから」。大阪商人でもないのに誇りを『商売人としての自分』と公言するのにも最初違和感があったが、その働きっぷり、飲みっぷり、喋りっぷりを見ていて納得した。
この店の賑わいは震災前と全く変わらない光景だが、影響が皆無だった訳ではない。山岡さんは津波により父親を失い、原発事故で避難もした。しかし結局また相馬に帰ってきた。
相馬の町や海には数々の思い出や愛着があり、この町を福島県浜通りの最前線として元気にしたいと思っていると言う。
僕はそんな山岡さんの姿を見て、『天職』を見つけ出しそれに生きる人は自然活き活きとするのだなと感じた。そして思った、自分はどうなんだろうと。写真が『天職』なのか未だに分からないが、5年後、10年後も僕は変わらずカメラを持っているのだと思う。
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